故郷、東京、新しい町の三方向を前に歩き出すビジュくんと友人。イメージイラスト

「どうして地元に帰らないの?」。その質問を、友人はもう何度聞かれただろう。地方の町で育ち、東京へ出て働き、次は栃木で暮らすことを考えている。本連載では、故郷から都市へ、さらに別の地方へ向かうこの道筋を「Vターン」と呼ぶ。公的な移住の案内では、近い移動の形をJターンなどとして説明する場合もあり、制度上の区分ではない。ビジュくんは友人と栃木の駅で待ち合わせた。友人は小さなバッグひとつで来ていたが、中にはノートが二冊も入っていた。

一冊は、住みたい町の写真とメモ。もう一冊は、故郷に帰らない理由を書きかけたノート。ページを開いても、説明はうまくまとまっていない。「地元が嫌いなわけじゃないんだ」。まずそれを言わなければならない気がして、友人はいつも言葉に詰まる。この友人と出来事は、選択肢を考えるための創作例である。

故郷の写真と新しい町の地図を前に、友人の話を聞くビジュくん
故郷の写真と新しい町の地図を前に、友人の話を聞くビジュくん(イメージイラスト)

好きな場所が、暮らす場所とは限らない

友人の故郷には、親しい人も、好きな景色もある。帰省すると心がほどける。けれど、今やりたい仕事を続けながら暮らす場所としては、別の地域のほうが現実的かもしれない。東京に残ることもできる。しかし、仕事以外の時間に地域の小さな活動へ関わりたいという思いが強くなった。

「帰らない理由」を探すほど、友人は故郷に申し訳なくなっていた。ビジュくんはノートを閉じ、「栃木を選びたい理由から話そう」と言った。好きな場所を一つに決める必要はない。故郷は大切にしながら、次に暮らす町を自分で選んでいい。

友人が栃木に惹かれたのは、訪問先で見た地元の人たちの作業風景だった。誰かが配ったチラシを、別の人が机に並べて相談している。派手な出来事ではない。自分も手を動かして、その場に加わる姿が想像できた。観光地を好きになったことと、暮らす町を選ぶことの間には、この小さな「参加したい」がある。

「縁がない」を、無理に消さなくていい

友人が見学先に連絡しようとすると、手が止まった。地元出身でもなく、知り合いの紹介もない。「参加できますか」と送るには、理由が薄い気がしたのだ。ビジュくんは自分のIターンの予定表を見せた。彼だって、まだ栃木に強い縁があるわけではない。だからこそ、知ったふりをしないことから始めている。

二人で短いメッセージを作った。自分がどこから来て、なぜ活動に関心を持ったか。見学できる公開の機会があるか。手伝えることがあれば、まず一度体験したいこと。地域を「変えたい」と大きく語る文は消した。まだ知らない相手の課題を、こちらが決めるのは早い。

返信を待つ間、友人は町の暮らしも調べた。仕事の場所、食料品を買う場所、通院の動線。活動への熱だけで住む場所を決めると、疲れた火曜日の生活が抜け落ちる。縁をつくることと、毎日を続けること。どちらも計画に入れた。

見学をお願いする短いメッセージを友人と考えるビジュくん
見学をお願いする短いメッセージを友人と考えるビジュくん(イメージイラスト)

家族への説明は、説得よりも予定を共有する

友人の家族は「栃木に知り合いはいるの?」と心配した。故郷から東京へ出るときにも聞かれた質問だ。今度は、なぜ別の地方なのかも加わる。友人は反論を準備していたが、ビジュくんはまず家族が何を気にしているか書き分けた。仕事は続くのか。困ったとき頼れる人はいるのか。帰省はできるのか。心配の中身は、地名そのものより生活の見通しだった。

友人は家族に、移住の決意表明をする代わりに、次の三か月の予定を伝えた。現地をもう一度訪ねる。仕事の条件を確認する。住居費と交通費を試算する。地元への帰省方法も調べる。そのうえで、移るかどうかを決める。家族が賛成する保証はない。それでも「知らない町へ急に行く」という印象は、具体的な準備によって少し変わる。

故郷を大事にしたい人ほど、離れた場所を選ぶ説明に時間がかかるかもしれない。説明が難しいからといって、その選択が軽いわけではない。むしろ、複数の土地への気持ちを抱えているからこそ難しい。

家族との電話の後、三か月の計画をノートに書く友人とビジュくん
家族との電話の後、三か月の計画をノートに書く友人とビジュくん(イメージイラスト)

名前より先に、暮らしと仕事の条件を確かめる

U・I・J・Vという呼び方は、移動の形を整理するのに便利だ。一方、移住支援制度の対象になるかどうかは、呼び方だけでは決まらない。栃木県の移住支援金にも、転入前の居住・通勤履歴や、移住後の就業などの条件がある。友人は「Vターンだから対象外」とも「東京にいたから対象」とも決めず、公式情報と候補市町の窓口で確認することにした。

移住前にすることは、ラベルを選ぶことより具体的だ。どこに住んできたか。今の仕事をどうするか。転入先の町で、どんな平日を送るか。支援金を考えるなら、いつ相談し、何を提出するか。友人はノートの最後に、確認先と期限を書く欄をつくった。

選んだ町に、最初の用事をつくる

帰りの駅で、友人は見学先へメッセージを送った。返事はまだない。移住も決めていない。けれど、故郷に帰らない理由を上手に言うことより、栃木で会いたい人に一通送ることのほうが、今日の自分には大切だと思えた。

ビジュくんは「返事が来たら、僕も一緒に行っていい?」と聞いた。友人は笑って、「まずは相手の都合を聞いてから」と答えた。関わりたい気持ちが先走りがちなビジュくんに、ちょうどいい言葉だった。

駅で友人が一通のメッセージを送り、後ろで見守るビジュくん
駅で友人が一通のメッセージを送り、後ろで見守るビジュくん(イメージイラスト)

Vターンは、過去の土地を切り捨てる旅ではない。故郷と都市で得たものを持って、別の町へ入る選択だ。もし今、どこにも完全には収まらない気がしているなら、行き先を一つの説明で正当化しなくていい。まずはそこで送ってみたい普通の一日を描き、会いたい人に礼儀正しく連絡してみよう。

住む町への返事は、滞在の中で見つかる

友人は次の訪問で、地図に星を付けていた場所へは行かなかった。代わりに、宿から歩いて朝食を買い、仕事のために座れる場所を探し、夕方の帰り道を歩いた。旅行なら通り過ぎるような時間ばかりだ。店に特別な会話が生まれたわけでもない。ただ、ここで一人で暮らす日を初めて想像できた。

朝の町で買い物帰りに仕事場の候補を見る友人とビジュくん
朝の町で買い物帰りに仕事場の候補を見る友人とビジュくん(イメージイラスト)

夜、ノートの「帰らない理由」のページを開く。そこには相変わらずうまい説明がない。でももう焦らなかった。故郷への愛着と、新しい町への関心は同時に持てる。家族には帰省の予定を伝え、栃木では新しく知り合うための時間をつくる。どちらか一方を捨てる選択ではない。

ビジュくんは友人に「ここが正解だと思う?」と聞かれて、「一回の滞在では分からない」と答えた。けれど、何をもう一度確かめたいかは言える。働く日の過ごし方、住まいの費用、参加したい活動の開かれ方。Vターンの勇気は、劇的な決断よりも、知らない町を何度も普通の日に訪ねることにあるのかもしれない。

移住前の下見をどう組み立てるか迷ったら、[ビジュくんが町を訪ねた日のコラム](./column-viju-visit-before-moving-20261004.html)も参考にしてほしい。

確認に使える公式情報

制度情報の確認日:2026年10月7日。栃木県の移住支援金は移住前の居住・通勤履歴、移住後の就業等に条件があり、申請窓口は転入先の市町です。対象年度、転入時期、募集状況、事前相談や申請の時期は候補市町の公式案内と窓口で確認してください。支援額や対象可否はこの友人には未確定です。登場人物と会話は創作です。