ビジュくんが見つけた部屋は、窓が大きかった。画面の中で家具を置く場所まで決め、思わず保存ボタンを押す。今の部屋より家賃も抑えられそうだ。移住費用の表を開いて「住まい」の欄を書き換えたところで、引っ越し月の残高が赤くなった。家賃が下がるはずなのに、なぜ手元のお金が足りないのだろう。
敷金や礼金、引っ越し代、今の住まいの退去費用。新旧二つの暮らしにまたがって払うものが、同じ月に重なっていた。ビジュくんは「栃木で暮らせば安くなる」という大きな見通しだけを見て、移る途中のお金を見ていなかった。この物語は創作だが、計算の順番は誰でも自分の数字に置き換えられる。
月額の比較だけでは、引っ越しはできない
最初にビジュくんがつくったのは、東京と栃木の月々の家賃を比べる表だった。新しい町のほうが少し安い。それだけで、移住後の暮らしに余裕ができると思っていた。だが、住む場所が変わると、交通費や車の費用、通信環境、家の設備も変わる。毎月の支出を一つだけ比べても、生活全体の差は見えない。
さらに、移住直後は買い足すものがある。今の部屋で使っている家具が新居に入るとは限らない。仕事用の机や照明が必要になるかもしれない。下見や手続きに行く交通費もかかる。ビジュくんは「いずれ必要」という曖昧な箱をやめ、支払う時期ごとに並べた。
契約前。引っ越し月。転入後の三か月。予算をこの三つに分けると、引っ越し月の山がはっきりした。そこで初めて、貯めるべき額と、転居の時期をずらす効果が分かる。「家賃が安いからすぐ行こう」より、予定の立て方がずっと具体的になった。

支援金は、残高欄に先に書かない
ビジュくんは栃木県の移住支援金を調べていた。制度が使えれば助かる。しかし、申請要件に合うかはまだ確認できていない。栃木県の案内には、転入前の居住や通勤、移住後の就業・起業・テレワークなどについて条件があり、申請窓口は移住先の市町とされている。市町ごとの案内や年度の状況も確認しなければならない。
ビジュくんは、予算表に二つの列をつくった。一つは、支援を受けない場合。もう一つは、対象と確認でき、受け取れた場合。生活が続くかどうかは、まず前者で確かめる。申請前に必要な条件を満たしていたとしても、実際にいつ受け取れるかを思い込みで決めない。
「支援金を使うかどうか」と「支援金がないと移れないか」は別の問いだ。前者は制度の確認で進む。後者は資金計画そのものを見直す必要がある。ビジュくんは嬉しい制度を見つけても、数字をいったん保留にした。

見積もりは一つの金額で閉じない
引っ越し代は、時期や荷物の量、距離などで変わる。ビジュくんは最初、検索結果に出た一つの目安をそのまま予算に入れていた。でも、自分の荷物の量を測っていない。移住先の部屋も決まっていない。これでは数字に見えても、まだ想像だ。
友人に手伝ってもらい、持っていくものを三つに分けた。必ず持つ。手放すか迷う。現地で買う可能性がある。段ボールの数を見積もると、気に入っていた大きな棚を運ぶかどうかで費用が変わると分かった。棚を手放すなら、新しい棚を買う費用も入れる。「節約」という言葉だけでは消えないお金だ。
見積もりを依頼する前に、ビジュくんは条件を書いた。移動時期に幅を持たせられるか。荷造りを自分でするか。大きな家具は何か。新居に運び込めるか。見積もりを比べる際も、金額だけでなく含まれる作業を確かめる。移住の費用表は、安さを競う表ではなく、あとで驚かないための表になった。

「暮らし始めてから」を忘れない
費用を並べるうちに、ビジュくんは移住後の楽しみまで全部削ろうとした。地域の活動に行く交通費も、友人と会う食事代も、ゼロに近づける。数字の上では安全に見えるが、それでは何のために移住するのか分からない。
栃木で挑戦したいという気持ちには、現地を訪ね、人に会い、小さく試すためのお金と時間が要る。もちろん無理のない範囲で。そこでビジュくんは、生活費とは別に「試す費用」を少額でも確保する欄をつくった。活動費が足りなければ、予定を増やさず一つだけ選ぶ。自分の目的が、予算の中で消えないようにする。

また、収入が一時的に減る可能性も考えた。転職するなら初回の給与まで時間が空くかもしれない。今の仕事を続けるなら、県外勤務の条件を確認する必要がある。どちらの場合も、引っ越し直後の数か月を同じ収入と決めつけず、幅を持って試算した。
赤い数字は、失敗の印ではない
最初に赤くなった残高欄は、ビジュくんを落ち込ませた。だが、支払い時期を整理すると、今すぐ移るのではなく、引っ越しを少し後ろへずらす選択が見えてきた。荷物も減らせる。仕事の確認を終えてから住まいを探せる。移住を諦めるのではなく、段取りを変える。
ビジュくんは保存していた部屋の写真をもう一度開いた。窓の大きさは変わらない。けれど、今はその写真の手前に、現実の支払いが見えている。そこを通ってでも暮らしてみたいか。答えを急がず、次の見学で確かめることにした。

あなたも移住費用を考えるなら、月々の家賃の前に「引っ越し月の残高」を見てみよう。赤い数字が出ても、そこで終わりではない。動かせる時期、減らせる荷物、確かめる制度が見つかれば、計画は一段進む。
予算表に「戻れる余地」を一行入れる
費用を詰めていくと、ビジュくんは残高をぴったりゼロに近づけたくなった。お金を有効に使っているように見えるからだ。でも、転居後に予想外の支払いが出たとき、それでは身動きが取れない。仕事の予定変更、家具の買い直し、急な移動。具体的な中身が分からなくても、余裕を一行として残すことにした。
もう一つ、帰省や元の町へ戻るための費用も見ておく。移住したら二度と前の生活へ戻れない、と考えると、判断が極端になる。元の場所に会いたい人がいて、必要なら戻れる。その余地があるほうが、新しい町で挑戦しやすい人もいる。
ビジュくんは予算表を閉じる前に、無理に削った「試す費用」を戻した。額は小さくても、そこに地域へ行く電車賃がある。移住は支払いを減らす競争ではなく、これからしたいことにお金を振り向ける選択でもある。残高欄の赤が消えるまで、引っ越し日はまだ仮のままにしておく。
ビジュくんが仕事を続けられるか確かめた過程は、[前回のリモートワーク実験](./column-viju-remote-work-rehearsal-20261007.html)でも描いた。仕事の条件と引っ越し費用は、同じ予定表で確かめたい。
確認に使える公式情報
制度情報の確認日:2026年10月7日・8日。県の案内では、移住前の居住・通勤履歴と移住後の就業等に要件があり、申請窓口は転入先の市町です。候補市町が決まったら、2026年度の募集状況、転入時期、事前相談、申請時期と必要書類をその市町の公式案内と窓口で確認してください。支援額やビジュくんの対象可否、受給時期は未確定です。ビジュくんの出来事と費用表は創作例です。